県庁通り稲荷神社より四つ角を国道4号線に向かって南北に店をかまえている北裡商店街。
宮町・仲間町・北町の店の数と、昭和の時代はいくつもの料亭が立ち並び、人出の多い通りとして有名でした。
そんな料亭の中で現在も営業を続けている割烹「万松」の路地をのんびりと南の方に歩いていくと静かなたたずまいの中に小さな神社があります。ー「北裡最上位稲荷神社」

最上位稲荷は北裡地域の商売の発展と地域住民の守護神として長きにわたりまつられております。
その歴史をのぞいてみましょう。

■最上位稲荷の本山

  昭和3年に花柳界華やかなりし仲間町・北裡の先人達は本山『岡山県の最上位稲荷神社』に出向き、北裡の花柳界の発展と商売繁盛を願い分遷を願い出、そこで福島市仲間町1-4地内に分霊賜ることができました。本山は伏見・豊川にならぶ日本三大稲荷の一つとし、有名な神社であると共に明治の神仏分離にあっても特別に「神仏習合」の祭祀形態を許された鳥居と神殿と仏殿(宗派は日蓮宗)のある持意な神社としても有名です。主神は「最上位経王大菩薩」といい御手に稲・鎌をもち御狐にのっている姿の女の神様です。
 五穀豊穣・商売繁盛・開運を願います。

■北裡最上位稲荷

 その後、4番地の滝舞場敦地内に御社殿を建立し昭和55年3月までの約52年間に亘り商売繁昌・家内安全の守護神として鎮座しておりました。その後、この地を立ち退かなくてはならず一時松本町の二業組合事務所に仮の安置所としておりました。
 仲間町2-26の大島様より建立地提供の申し出があり地域住民からも浄財を募り現在のところに新社殿を建設し鎮座たまわることとなりました。昭和57年8月のことでした。

■最上位夏祭り

 その後、例大祭は毎年7月25日頃の日曜日に行われ福島二業組合地域住民の氏子講中が中心となり子ども盆踊りを奉納し、北裡の通りには「稲荷横丁市」がたちならび再び町の繁業をみるようになりました。
そんな折、昨年の2011.3.11の大震災。仲間町界隈でも様々な困難がありました。そして、まだ続く不安。第二小学校地域の子どもたちの数も大部減ってしまいました。絆や支え合いが再認識される中、北裡の1つのシンボル奉りどころとして一年に一度、7月の最終日曜日に「最上位夏祭り」として新たに今年より祭りの輪を広げていくこととなりました。
 夏の一夜、仲間町のあちらこちらから狐面をつけて(いやなことをはらい楽しく集うシンボルとして)最上様のまわりににぎやかに老若男女がつどい絆をたしかめ深めあっていきましょう!

 
 おととしの夏祭りの様子です。
神社に参ったあと様々なイベントで楽しい夜を過ごしました。

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